今日のFlash(「Restart」「↓のシナリオに沿って作る。」「鋼のアレ」「こども と さんすう」)

繊細にして華麗な作品です。作品自体が「上手くやれなかった過去を振り返りつつ再出発する」という多分にセンチメンタルな内容であることにも起因しているのでしょうが、ゆっくりと色を喪ってゆく写真や象徴的に現れる飛翔感のある大空の映像等、作品の隅々まで演出の神経が行き渡っています。
更に特徴的なのがテキストの使い方で、テキストを「文章」あるいは「文節」として繋げた、一つの横長の長方形のシンボルのような使い方と、「文字」一つ一つに分解したフォント・シンボルとしての使い方を巧みに併用して、スムーズに変化する背景とともに画面のリズムを形作っています。安易なテキストの挿入で画面を壊すような無粋な真似を鮮やかに回避した結果、爽やかな鑑賞後感のある作品に仕上がっています。

無茶苦茶なシナリオそれ自体に対するメタ言及に始まって、(いろんな意味で)自由度の高いストーリーがハイレベルな画力に支えられて展開していきます。幾らでも破天荒に出来るだろうシナリオをあえて「日常の一コマ」的な身近な世界観に落としこむ事で、無闇に荒唐無稽になるのを避けて、ほのぼのとした笑いを受け手に提供することに成功しています。
カオス的な拡散をそのまま描く事はよほどの腕前が無い限り大抵失敗に終わるのですが、この作者氏はカオスの中にも一定の秩序を導入することで、一見繋がりの無い一つ一つの要素を上手くアニメーションの中に纏めています。

はてなブックマークでも先日話題になったスレッド「混沌としたスレに鋼の救世主が!!」を再現した作品です。


無意味にスタイリッシュなオープニング、勢い重視の単調なBGM、唐突に挿入されるパロディ画像と、この手のバカFlashの「ツボ」を手堅く押さえてきており、見た目に反して堅実な作品と言えそうです。実際、ストーリーが元スレを超える展開を見せる事は無いのですが(当たり前か)、少女がようかんを切るシーンの背景にガンダムを配置したり、クライマックスでギコにさりげなく「きなこもち?」なんてセリフを吐かせたりと、小技の使い方がいちいち絶妙で、元スレを知っている人なら確実に楽しめるレベルの作品に仕上がっていると思います。


それにしても、最後のバラバラになったようかんが暗闇に舞い落ちるシーンに漂う奇妙な哀愁は何なのでしょう・・・・さらばようかんの戦士。

先日紹介した「感染」が未完成の線によって見るものの想像力を刺激し恐怖感を煽るFlashだとすれば、この「こども と さんすう」は拙いが完成された線と演出によって大変ほのぼのとした世界を形作っている作品のように思えます。太い線で描かれるキャラクターとセリフが何とも牧歌的で、「あるよなあ」と思わず納得してしまうだろうオチも含めて、見る者に安心感を与えています。


最近、何でもかんでも先鋭化する傾向というか、「陳腐さ」を極度に嫌悪することで意図的に悪趣味な表現に走ったりする逆スノッブ的な作家が増えているような気がするのですが、こうした「定型」の良さに触れずに走る「異端」は表現としてまるで無意味に思えますし、何より発想として非常に「陳腐」で「安直」です。技術の巧拙に関係なく伝わるものがある事、創造のための条件としての類型化の様式が数多く存在していることを忘れてはいけないと思います。