「あなたの魂に安らぎあれ」(神林長平)(ネタバレ注意!)

ずっと前に読了していたものの、なかなか感想が書けずにいた作品。
日本SFの大御所・神林長平先生の長編デビュー作なんだけど……いや、スゲーなこれ。


この小説が、ありがちな「人間VSアンドロイドの対立」を描くSFストーリーと一線を画しているのは、登場人物を「善」と「悪」・「良」と「劣」・「愛すべきもの」と「憎むべきもの」・などなどに「シャッフル」する理由を種族に拠っていないという点だ。つまり、凡庸な作家ならば「アンドロイドを排除しようとする人間→しかしアンドロイドにも善なるものが→本当の悪はどっちだ?」というように論理を展開して、結局安直なヒューマニズム的オチに物語を帰着させるだろうところを、神林氏はそうはせず、あくまでもそれぞれの個別的な「心」の在り様によって善悪を決そうとする。この小説の世界では人間もアンドロイドもエンズビルも猫も犬っころも全て平等であり、その価値は小説中に起こした各々の行動によって裁定される−−−そう、「目前の世界が滅亡に迫った時、そこに生きとし生ける者達はどこに「生の価値」を見出すのか」という作中の大テーマによって。


テーマと導かれる結論そのものはよくある種類のものと言えばそうだし、ミステリとしても(火星だと思っていた舞台が地球だった!という大サプライズの後は)特にこれといった捻りもなく収斂してしまうので、この手の作品を多く読みこなしている方には陳腐に映る面もあるかもしれないが、相対主義に基づく安易な一般論化が横行していた*180年代の初頭に、斯様な「超モダン」な問題意識をもってこれほどのレベルの作品をモノにしていた神林氏の先見性を見る為だけでも読む価値はあると思う。勿論娯楽小説としても滅法面白いし、エロやグロをお求めの方にはそれだけで満足できる中身とは思うが、やはりこの作品の本質はそこにではなく、例えばラスト……エンズビルのばら撒いた薬品を受けたアンドロイドが次々と○○○となっていくシーンの壮麗な美しさなど、作中世界に対する真剣な考察と、題材を「考え抜く」努力なしには生まれようのない骨太な展開にこそ見出されるべきであろう。


それにしても、あまり意地が良さそうとは思えない作者の容赦ない攻撃に400ページ以上付きあった後の、主人公の一人サイ・玄鬼が無事迎える幸福な結末に心から胸を撫で下ろした読者は僕だけではないはずだ。普段が激烈だからこそ、一瞬見える作者の優しさが胸に響くという好例(不良番長が猫を拾う場面を見るようなもんか(笑))。おお、あなたの魂に安らぎあれ!



あなたの魂に安らぎあれ (ハヤカワ文庫JA)

あなたの魂に安らぎあれ (ハヤカワ文庫JA)

*1:今もそうかも…