「JUMP the REVOLUTION!」掲載「エンバーミング」(和月伸宏)感想

flash★bombの作品感想の掲載途中ですが、先日発売された「週刊少年ジャンプ」の新増刊「JUMP the REVOLUTION!」に掲載された「武装錬金」の和月先生の新作読み切りが意外なことに非常に面白かったのでその感想を掲載します。
増刊は発売からやや日が経っていますが、手に入れようと思えばまだ入手できると思います。


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僕の勝手な私見だけど、少年漫画の作家には二通りのタイプがいると思う。一つは主人公ないし主人公的なポジションにあるキャラクターに強く感情移入し、その主人公を中心としたストーリーを主観的に描いていくタイプの作家。もう一つは主人公含む物語の登場キャラクター達に深く感情移入することはせず、それぞれのキャラクターのストーリーを並列的・客観的に描いていくタイプの作家だ。


和月先生は割と思弁的な内容だった「るろうに剣心」の印象から、一見前者に属するタイプの作家に思えるが、実は典型的な後者の型を持った人物のように思う。
武装錬金」のライナーノートなどを読んだ人なら分かると思うけど、和月氏はあるキャラクターを創造する際、そのキャラクターの担うストーリー上の役割を最初に考え、それをはじめから最後まで変更することが(基本的に)なく、またストーリーの節目節目で特定キャラクターに肩入れして物語自体を捻じ曲げるようなこともしない。氏の創造するキャラクター達はそれぞれ「ストーリー上で何らかの役割を担っている」と言う意味で等価であって、それはカズキのような主人公であろうと太細のような捨てキャラであろうと何ら変り無い。これはあるキャラクターに感情移入して物語を作っていくタイプの作家には無いドライな感覚と言えると思う。終盤の「ブラボーの死」という一大結節点さえ、「自分の作家的ポリシーとテーマ性の保持の為に回避した」と言って憚らない*1のにもそうした感性が象徴的に出ている(主観的な作家なら「思い入れの深さ故に殺せなかった」などの弁明の仕方をするはず)。


で、何故件の「るろうに剣心」では多分にそれが主観的な内容を持ったものに見えていたかと言うと、それは例の「不殺」の精神に代表される主人公・剣心の思想が、そのまま「週刊少年ジャンプ」という雑誌の当時の商業的要請、つまり「雑誌の特色からしてバトルものを減らす事は出来ないが、教育的配慮から人を殺すヒーローはダメ」といういささか矛盾したイデオロギーを全面的にバックアップするものだったからだと思う。並列・客観主義的で「絶対的な正義はない」と言う主張を「武装錬金」でも幾度となく行っている*2和月氏だが、「るろうに剣心」では結局のところ剣心の思想が一番正しいと言うことを結論として持ってきてしまっていて、それが物語を主観性の強いものにし、さらには商業的な大ヒットを約束した。しかし、連載が終了して5年近く経つ今では知る由も無いが、この結果には和月氏本人もどこか釈然としないものを感じていたのではないか。


さて、それで今回の「エンバーミング」である。本作は主人公からし和月漫画としては極めて異例の、殺人や殺戮すら厭わないダークヒーローであり、おまけに一見善良そうな某キャラ含む全てのキャラクターが心に何らかの邪悪を抱えているときている。今までの善意志向の和月作品を読み慣れた人からすれば面食らう内容であるが、上記したような和月氏の作家的素養を踏まえれば、この内容はそれほど意外なものではないと感じられないだろうか。
つまり、それぞれのキャラクターについて主観的に正しく(この際「客観的に」正しいかどうかは問われない)筋の通った理念を与え、作者は各々の登場人物に対して客観的視点を保ちながらその全てを肯定も否定もせず傍観し、ただ(キャラクターそれぞれの)「理念」が衝突する様を残虐かつドラマティックに描いている。これは「週刊少年ジャンプ」と言う特異な雑誌のイデオロギーからも自分の個人的思想からも離れた上で、なおかつ(上述したような)自身の作家的ポリシーは保持しつつ、神の視点からあくまでも各キャラクターの性格に応じて(それぞれの持っている「悪辣さ」さえ「主観的な正しさ」として肯定して)全てのストーリーを動かしているということであって、それが本作のピカレスク・ロマンとしての(うそいつわりの無い)瑞々しい魅力に直結しているのである。これを作家生活ウン十年にして、和月氏が新たに手に入れた作家的技法の発芽と言ったら、いくらなんでも誉め過ぎだろうか?


勿論こんな過激な作品が少年ジャンプで連載できるわけはなく、もし連載化するとしたらウルトラジャンプとかその辺の雑誌にせざるを得ないだろうが(これでジョン=ドゥを普通の善良なジャンプ的ヒーローにしたら台無しだしな)、これだけ自分の作品を上手にコントロール出来る作家なら、どんな場所に行ってもそれなりの成果を残せるだろうと思えるだけのものが本作にはあったと思う。とりあえず今後の課題は(ネタバレ)→相変わらずヘタレ度の高すぎる敵役造形の改善ですね(笑)

*1:第8巻のライナーノートを参照

*2:第3巻「もしキミが自分を偽善と疑うならば 」などを参照